前回に引き続き、商標登録ができないネーミングやロゴマーク(商標登録を受けることができない商標)の一つ、「他人の周知商標」(商標法4条1項10号。以下、「4条1項10号」と記載)について、商標審査基準を紹介します。
今回の前編では審査基準の概要について、次回の後編では4条1項11号と同様に行われる類否の判断、その他補足などについて紹介します。
<「商標審査基準を精読する」の使用上の注意>
・この連載は、商標登録出願を前提とした、ブランド、商品、サービス等のネーミングやロゴマークを考える場合の参考として商標審査基準を紹介しているものです。
法的な問題、各種書類作成、出願等に関するご相談やご依頼は、弁理士や弁護士にご相談下さい。
・条文や審査基準等の意味を損なわない範囲で、わかりやすい表現で記述することを心がけています。
内容の誤りや誤解を招く表現等がありましたら、ご指摘頂ければ嬉しいです。
・審査基準、条文、裁判例、審決などを読むときは、使われている用語の意味に注意して下さい。
条文や審査基準を正しく理解するためには、言葉の意味を正しく理解することが必要です。
<参考資料>
ブログ記事「商標登録を目指す場合のネーミング」を書くとき、参考にしている資料です。
さらに詳しく知りたい方は、以下の資料をお読み下さい。
・商標審査基準(改定第10版)
http://www.jpo.go.jp/cgi/link.cgi?url=/shiryou/kijun/kijun2/syouhyou_kijun.htm
・商標法
商標法の条文が掲載されています。
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S34/S34HO127.html
・工業所有権法(産業財産権法)逐条解説〔第18(平成22年3月)
特許、実用新案、意匠、商標に関する条文の説明が記載されています。
ただし、後述の平成23年度法律改正に該当する条文については、改正前の条文と説明が記載されているので注意して下さい。
http://www.jpo.go.jp/shiryou/hourei/kakokai/cikujyoukaisetu.htm
・平成23年法律改正(平成23年法律第63号)解説書(第11章)
平成23年の商標法の改正についての解説が記載されています
http://www.jpo.go.jp/cgi/link.cgi?url=/shiryou/hourei/kakokai/tokkyo_kaisei23_63.htm
・平成23年度法律改正に伴う商標審査基準の改正
平成23年法律第63号に伴う商標審査基準の改正が記載されています。
http://www.jpo.go.jp/cgi/link.cgi?url=/torikumi/t_torikumi/shinsa_kijun_kaisei.htm
<他人の周知商標(4条1項10号)>
(1)他人の周知商標が登録できない理由
4条1項10号の立法の趣旨は、商品やサービス(役務)について、消費者やユーザーなど(需要者)が「どの事業者の商品やサービスか?」を間違えないようにすること(出所の混同防止)と、信頼された有名な未登録商標がすでに持っている利益を保護することです。
自分の商品やサービスを表示するものとして 、ネーミングやロゴマーク(商標)を使い、需要者に広く知られる信用ができたときには、積極的に自分の商標と同一または類似の他人の商標を差し止めることはできませんが、他人の商標登録を阻止することができます(不正競争防止法による場合は別です)。
そのため、他人の業務に関わる商品もしくはサービス(条文や審査基準などでは「役務」といいます)を表示するものとして、ユーザーなど(条文や審査基準では「需要者」といいます。の間に広く知られている(認識されている)商標、またはこれに似た(類似する)商標で、その商品もしくは役務、または類似する商品もしくはサービスのネーミングとして使うもの(「使用する」といいます)は、登録することができない商標として規定されています。
(2)「需要者の間に広く認識されている」とは?
この場合の「需要者の間に広く認識されている」とは、最終消費者(ユーザーなど)だけを意味するのでなく、その商品やサービスの取引をしている人の間で広く知られていることを含みます。
「広く認識されている」の意味は、日本全国で広く知られている状態だけではなく、ある地方で広く知られている状態も含みます。
防護標章登録を受けている商標または審決もしくは判決でユーザーなど(需要者)の間に広く認識されたと認定された商標は、その登録または認定に従い、「需要者の間に広く認識された商標」と推認して取り扱われます。
「防護標章登録」については、商標法4条1項12号で説明しますが、知りたい方は特許庁ホームページの「団体商標、地域団体商標及び防護標章登録制度」(http://www.jpo.go.jp/seido/s_shouhyou/dansho.htm)をお読み下さい。
尚、防護標章登録を受けている商標、または審決もしくは判決で需要者の間に広く認識されたと認定された商標については、「特許電子図書館」の「日本国周知・著名商標検索」(http://www1.ipdl.inpit.go.jp/chomei/search_j.cgi?login&1345445098119)で調べることができます。
4条1項10号が適用されるための他人の商標(「引用される商標」といいます)が国内の需要者の間に広く知られている時期は、自分で考えたネーミングやロゴマークを商標として出願(「商標登録出願」といいます)したときです。
そのため、商標出願の前に、自分の事業で使うネーミングやロゴマーク(商標)が、他人の周知商標と同じではないか、似ていないかを確認すると良いでしょう。
当然のことながら、登録商標ではないからといって、有名なネーミングやロゴマークに便乗した商標を出願しようとする行為は問題があります。
(3)外国の商標の日本国内における周知性の認定
外国のネーミングやロゴマークの場合、日本国内における周知性の認定では、
・その商標が外国で周知なこと。
・数カ国に商品が輸出されていること、または数カ国でサービス(役務)の提供が行われていること。
を示す資料の提出があったときには、その資料を充分に勘案するものとされています。
(4)周知性の立証方法と判断
「需要者の間に広く認識されている」(周知性)の立証方法と判断は、商標法3条2項(使用による識別性)の審査基準の3.(1)および(2)と同じです(「準用する」といいます)。
3条2項の審査基準、3.(1)および(2)には、次のような文章が書かれています。
3.(1) 商標が使用により識別力を有するに至ったかどうかは、例えば、次のような事実を総合勘案して判断するものとする。
具体的には、商標の使用状況に関する事実を量的に把握し、それによってその商標の需要者の認識の程度を推定し、その大小ないし高低等により識別力の有無を判断するものとする。
@ 実際に使用している商標並びに商品又は役務
A 使用開始時期、使用期間、使用地域
B 生産、証明若しくは譲渡の数量又は営業の規模(店舗数、営業地域、売上高等)
C 広告宣伝の方法、回数及び内容
D 一般紙、業界紙、雑誌又はインターネット等における記事掲載の回数及び内容
E 需要者の商標の認識度を調査したアンケートの結果
(2) 上記(1)の事実は、例えば、次のような証拠方法によるものとする。
@ 広告宣伝が掲載された印刷物(新聞、雑誌、カタログ、ちらし等)
A 仕切伝票、納入伝票、注文伝票、請求書、領収書又は商業帳簿
B 商標が使用されていることを明示する写真
C 広告業者、放送業者、出版業者又は印刷業者の証明書
D 同業者、取引先、需要者等の証明書
E 公的機関等(国、地方公共団体、在日外国大使館、商工会議所等)の証明書
F 一般紙、業界紙、雑誌又はインターネット等の記事
G 需要者を対象とした商標の認識度調査(アンケート)の結果報告書
ただし、需要者の認識度調査(アンケート)は、実施者、実施方法、対象者等その客観性について十分に考慮するものとする。
取引形態が特殊な商品または役務(特定の市場で流通する商品や、限定された市場においてのみ提供されるサービス)の商標の立証方法および周知性の認定は、特にその商品の販売場所や販売方法など(「取引の実情」といいます)を充分に考慮して行われます。
「取引形態が特殊な商品または役務」として、4条1項10号に関する審査基準には、カッコ書きで例示されています。
・医療用医薬品のように、特定の市場で流通する商品。
・医薬品の試験・検査もしくは研究のように、限定された市場においてのみ提供される役務。
(5)他人の周知商標と先使用権
余談ですが、商標法32条には先使用権の規定があります。
商標法32条の条文は、以下の通りです。
第三十二条 他人の商標登録出願前から日本国内において不正競争の目的でなくその商標登録出願に係る指定商品若しくは指定役務又はこれらに類似する商品若しくは役務についてその商標又はこれに類似する商標の使用をしていた結果、その商標登録出願の際(第九条の四の規定により、又は第十七条の二第一項若しくは第五十五条の二第三項(第六十条の二第二項において準用する場合を含む。)において準用する意匠法第十七条の三第一項 の規定により、その商標登録出願が手続補正書を提出した時にしたものとみなされたときは、もとの商標登録出願の際又は手続補正書を提出した際)現にその商標が自己の業務に係る商品又は役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されているときは、その者は、継続してその商品又は役務についてその商標の使用をする場合は、その商品又は役務についてその商標の使用をする権利を有する。当該業務を承継した者についても、同様とする。
2 当該商標権者又は専用使用権者は、前項の規定により商標の使用をする権利を有する者に対し、その者の業務に係る商品又は役務と自己の業務に係る商品又は役務との混同を防ぐのに適当な表示を付すべきことを請求することができる。
「なぜ商標法4条1項10項で拒絶されるはずの商標登録出願が登録され、先使用権が発生するのか?」、という疑問を持つ方もいらっしゃるかもしれません。。
この答えは、工業所有権法逐条解説(商標法 1314ページ〜1316ページ)に記載されています。
「本条の存在理由は本来的に過誤登録の場合の救済規定である。すなわち、本条所定の未登録商標がある場合は、他人の出願は必ず四条一項一〇号に該当するはずだから他人の商標登録があるわけはないが、誤って登録された場合に、あえて無効審判を請求するまでもなく、その未登録周知商標の使用を認めようというのである。本条は、四条一項一〇号について善意に登録を受けた場合には除斥期間の適用があるので(四七条)、その登録後五年を経過した場合に特に実益がある。」
つまり、商標の先使用権は、実際には他人の著名な商標があったにも関わらず、誤って商標登録された場合に、先に未登録商標を使用していた人を救済する措置とのことでした。
(後編に続く)